ryukyutokyoのブログ:JAZZと哲学と…

DJ.PANK_kunryu (Dj.薫琉)です。東京ヴェルディと沖縄をこよなく愛する、酔っ払い🥴パンクスです。1955年3月新潟市生れ新潟高校ジョリー・チャップス、上智大探検部出身。40年間勤務した職場を大怪我、肝機能障害、糖尿病、過緊張症で退職しました。現在、アルバイトをしながら療養中です。ゴールデンカップス他GS、freeJAZZ、ムードコーラス歌謡

アストル・ピアソラの白鳥の歌、クロノス・カルテットとの名コラボレーション「ファイヴ・タンゴ・センセーションズ 」

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 新潟出張から帰ってきた。週末と休日の上越新幹線は混み合っている。指定席を取り、端の席を確保するのは容易ではない。

 新潟は、相変わらず寒かったものの厳しさは緩んできているようだ。新潟の人は「暖かくなってきた~」と喜んでいた。

 新潟は魚介類が美味しい。今回はバイ貝と鰤の刺身が絶品で、バイ貝の刺身は歯ごたえがあり、唸るほどの稀に見る美味しさであった。また、郷土料理ののっぺ汁も久々であったが美味であった。

 のっぺ汁を食べると猪口邦子がまだ母校で教鞭をとっているときに、新聞に書いた「のっぺ汁の思い出」を思い出す。我が高校の先輩である猪口孝氏の実家に正月、里帰りした際に食べた新潟の郷土料理のっぺ汁が美味であった、というくだりなのだが、その材料に高級食材がならべてあり、山の手の、のっぺ汁と我が下町の貧乏家の、のっぺ汁は材料からして違うのか、と反感を持ったことがある。

 しかしながら、「のっぺ、のっぺ汁」は別に新潟固有、特有の郷土料理であるはずもなく、学者など所詮いい加減な者である。

 しかし、貝柱の出汁が程よく利いていて、牛蒡、人参、里芋、が細かく切ってあり、銀杏、ナルトもしっかり入っていたので我が故郷の味であることには変わりはなかった。

 行き帰りの新幹線の中では「世界がわかる現代マネー6つの視点」(倉都康行:ちくま新書)を読み終わり、「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか 」(水野和夫:日本経済新聞社)に取り掛かることが出来た。

 帰宅したら、名古屋国際女子マラソンで優勝候補であった高橋尚子が失速した、と家人から聞いた。

 今回の北京オリンピックは無理だが、あれほどの練習量と実力者。何度でも再チャレンジはきく。

 昨晩の内藤大助選手もそう。才能あるスポーツマンは身体を壊さなければ精進と練習で再チャレンジが利くのである。

 しかし、現在のグローバル経済の中では労働者は、もはや再チャレンジは無理である。この二冊を読んでみて実感した。

グローバリズムの問題は現在世界経済の根幹を成す問題であり、米国の「帝国化」がその根底の潮流として存在するのであるが、その問題は追々と追及していきたい。

 問題意識として記すならば、数々の戦争と対日要求を経ながら、アメリカにオイルマネー流入し、日本人の貯蓄が米国債財務省証券)に変わり、中国の投資がアメリカの財政を支えるように、資本が容易に国境を越える時代、いわゆるグローバリゼーションの時代には、資本は「帝国」との親密性を高める。アメリカは「帝国化」する以外にその国民消費を維持することは出来ず、資本の国境を越えた自由移動がBRICs、いわゆる中国、インド、ロシアなどかつての帝国が急速に成長・経済台頭している理由はその例の一つに他ならない。

 19・20世紀は実質賃金が上がり続ける「労働者の時代」だった。しかし、グローバリゼーションによって「資本の反革命」が起こり、先進資本主義国の賃金は徹底して抑制される。

 先進国ではデフレが恒常化しディスインフレが定着する。金融政策は緩和基調となり、マネーの膨張で資産価格が上昇しやすくなる。いわば金融経済が実物経済、すなわち雇用や生産活動を振り回すようになった。

 先進国経済は資産価格依存症に陥いるのである。そして資産により食うようになる。先進国は自国内に工場を作るなどの実物投資を行うのではなく、M&Aなどの企業買収やWTI先物取引などにシフトして行く。

 そんな時代に労働者の再チャレンジなどありえない。この、グローバリゼーションの本質を冷静に捉えない限り未来は暗い。

 そんな訳で…!?(どんな訳だ?)

 今日のアルバムはアストル・ピアソラクロノス・カルテットの「ファイヴ・タンゴ・センセーションズ 」です。

 この演奏・録音は1990年7月、脳溢血で病に倒れる直前の、最晩年の演奏ですから、まさに1991年に亡くなったピアソラ白鳥の歌とも言うべき作品でしょう。

 しかし、ピアソラ特有の骨太でがっしりした哀調のタンゴは筋金入りであり、このアルバムに、なんらの悲壮感もありません。

 ピアソラが、先鋭的で挑戦的、いかようなる現代音楽にもぶつかっていくクロノス・カルテットとのために書いた作品のなかでは、自らが参加しているだけに哀愁と言うロマンティズムを鮮明に表現しているのが良い。しかし、ピアソラの怪しげな切なさと厳しさは些かも損なわれてはいない。

 ピアソラバンドネオンはタンゴであってタンゴではない。ピアソラのタンゴであり、それ以外のものではない。そのタンゴはピアソラのタンゴとして啓かれているのである。

 ピアソラは「バンドネオンはドイツの教会で生まれ、アルゼンチンの売春宿へもたらされた。タンゴは、アルゼンチンの売春宿に生まれ世界に進出した」という。

 この強烈なるアイロニーが、ヴェトナム戦争末期に結成されジミ・ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ(紫の煙)」で一躍、名声を博した、現代音楽の雄クロノス・カルテットと結びついたのは必然であったのでしょう。