ryukyutokyoのブログ:JAZZと哲学と…

DJ.PANK_kunryu (Dj.薫琉)です。東京ヴェルディと沖縄をこよなく愛する、酔っ払い🥴パンクスです。1955年3月新潟市生れ新潟高校ジョリー・チャップス、上智大探検部出身。40年間勤務した職場を大怪我、肝機能障害、糖尿病、過緊張症で退職しました。現在、アルバイトをしながら療養中です。ゴールデンカップス他GS、freeJAZZ、ムードコーラス歌謡

黒い悲しみをJAZZに託して…Nina Simone:BALTIMORE「EVERYTHING MUST CHNGE」に秋深く涙する。

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 秋の夜長のJAZZ VOCAL、二枚目は、Nina SimoneのBALTIMOREです。

 このアルバムはは978年の1月に発売されました。

 特に、二曲目の彼女の弾き語り、「Everything Must Change 」 は泣かせます。まるで、咽び泣くようです。

 この1曲だけでも購入する価値のあるアルバムです。

 秋の夜長に色々と考えさせられます。

 日本では吉田美奈子が1975年発表の「MINAKO」の1曲目で「移りゆくすべてに」と言う題名で唄っています。

 こちらも泣かせます。

 さて、Nina Simoneは4歳でピアノを弾き始め、ニューヨークのジュリアード音楽院でピアノと作曲法を学びました。

 57年には初アルバム『Nina Simone』を録音。同アルバム中の「I Loves You Porgy」がヒット。ピアノ弾き語りスタイルのVOCAL活動を始めました。

 尊敬するフランスの女優、シモーヌ・シニョレに因んで、ニーナ・シモンと名乗り始めたので「ニーナ・シモーヌ」と読むのが正しいのかもしれません。

 人種差別主義者による教会爆破事件に抗議したのを切っ掛けに、1960年代の黒人公民権運動に積極的に参加するなど黒い意識を強烈に持ち始め、精力的な活動を開始しました。

 それ故に取り組む楽曲やオリジナルもプロテスト色が強くなり、オスカー・ブラウンJr.と共に『ニーナ・シモン/禁断の木の実』を発表しました。

 特に1966年RCA移籍後は徹底したアフリカ色に拘り、自己表現と自己の民族的なルーツに拘り続けました。

 その後、ボブ・ディランバート・バカラックのナンバーも歌うなどポップスへの関心も深め、78年にはマンハッタン・ジャズ・クインテットのピアニスト、デヴィッド・マシューズの編曲により『ボルチモア』を録音し再び注目を集めました。2003年4月21日、南フランスの自宅で亡くなりました。70歳でした。

 このボルチモアにも「Balm In Gilead」 「If You Pray Right」とトラディショナル・ゴスペルナンバーを選曲しています。

 エリック・ゲイルの ギターがファンキーです。

☆☆☆☆
  1. Baltimore
  2. Everything Must Change
  3. The Family
  4. My Father
  5. Music For Lovers
  6. Rich Girl
  7. That's All I Want (From You)
  8. Forget
  9. Balm In Gilead
  10. If You Pray Right